アンケート結果
日本におけるHIV感染症に伴う日和見合併症・悪性腫瘍の動向
−2022年データ解析−

研究分担者: 泉川 公一(長崎大学 大学院医歯薬学総合研究科 感染免疫学講座 臨床感染症学分野)
研究協力者: 田中 健之(長崎大学病院 感染制御教育センター)
A 研究目的… 日本におけるHIV感染者における日和見合併症の実態と全国動向を分析することを目的とした
B 研究方法… 全国HIV診療拠点病院380病院に対して質問票を送付し、2022年1月1日から2022年12月31日までに診断されたAIDS指標疾患を発症した患者情報について調査した。
C 研究結果… 2022年症例
アンケート送付施設:378施設
回答施設:201施設(回答率:53.1%)
総症例数:281例
総エピソード数:395回

研究要旨

 本研究では1995年よりHIV感染症に伴う日和見合併症の動向を調査している。本年度は2022年にみられた症例を調査し、これまでの調査と合わせて解析を行った。全国のHIV診療拠点378病院に調査票を送付し、201病院から回答を得た(回答率53.1%)。総症例数は281例、総エピソード数は395回であり、2012年から減少傾向が続いている。厚生労働症エイズ動向委員会報告によると2022年のAIDS患者数は252件(前年315件)であり、2006年以降、年間400件以上が続いていたが、2018年より減少している。本研究の推定症例補足率は77.6%であった。HIVと診断されて3ヶ月以内の日和見合併症発症(HIV診断より日和見合併症診断が先の例を含む)がこれまで同様最多であった。同じく発症時、抗HIV療法を受けていない群がもっとも多かった。6ヶ月以上治療していた群での発症疾患は累積でサイトメガロウイルス感染症19.4%、ニューモシスチス肺炎12.5%、カンジダ症10.9%、非ホジキンリンパ腫10.5%、非結核性抗酸菌症9.1%、活動性結核7.7%、カポジ肉腫5.8%の順で多く見られた。

 全体の発症疾患はここ数年と同様に2022年もニューモシスチス肺炎(PCP)が最多(38.2%)で、次にカンジダ症が16.5%、サイトメガロウイルス感染症が11.9%と続いた。以下はやや変動があり、カポジ肉腫(6.6%)、非ホジキンリンパ腫(6.1%)、非結核抗酸菌症(4.1%)、HIV脳症(3.8%)、活動性結核(3.0%)、原発性脳リンパ腫(2.5%)、進行性多巣性白質脳症(2.3%)となっている。全体の死亡率は2010年には10.2%であったが、2017年、2018年は3.6%、3.7%となり過去最低であった。2019年は4.8%、2020年には9.2%、2021年は4.5%、2022年は5.6%であった。疾患ごとの累積死亡率では悪性腫瘍と中枢神経疾患で死亡率が高い傾向は変わっていない。

 日和見合併症診断後、ART導入時期については、結核以外の主要感染症では2010年から2013年頃までは年々ART導入時期が早まっている傾向がうかがえたが、2014年以降は日和見感染症診断後15日以上経過してから導入された割合が増加している。

  

 また、ART導入時期と転帰との関係をみると、全体では日和見合併症診断後、同時〜14日以内にARTを導入した群で死亡する例が有意に多かった。またニューモシスチス肺炎およびサイトメガロウイルス感染症でも同様の傾向であった。

A.研究目的

 ARTが一般化し、さらには早期治療開始の流れの中、HIV感染症の予後改善が図られてきている。一方、我が国では新たに報告されるHIV感染者、AIDS患者数は近年頭打ちとなっているが、2016年以降は低下が続いている。厚生労働省エイズ発生動向によるとHIV/AIDS感染症の3割が日和見合併症を発症しての発見である。ひとたびAIDSを発症した場合の死亡率は約10%であり、いかにHIV感染症を早期に発見するかが予後を規定する重要な因子である。また、日和見合併症治療開始後どのタイミングでARTを開始するかについては、免疫再構築症候群との兼ね合いで、疾患ごとに慎重に判断する必要があるが、DHHSガイドラインやACTGA5614試験により日和見感染症を発症した場合はARTを早期に開始する流れとなっており、我が国における動向を把握することは重要である。このような状況のもと、日和見合併症の動向については継続した調査が必要とされるところである。本研究では木村班から続く日和見合併症の全国動向調査を継続し、これまでのデータと併せて最新の日和見合併症の動向を分析することを目的とした。

B.研究方法

 日本のHIV診療の現状ではHIVと診断されるとほとんどの場合はHIV診療拠点病院へ紹介されることから、調査の対象は全国378ヶ所のHIV診療拠点病院(2022年内に拠点病院であった機関)とした。対象病院に対して調査票(PDF付録1)を郵送し、回答を返送していただくアンケート形式とした。調査対象期間は2022年1月~12月に診断したAIDS指標疾患について、その最終診断を確認した上での記入を依頼した。

 回答率の改善と診療担当医の負担低減のため、アンケート項目はなるべく簡素で必要最小限なものとし、診療録を詳細に見直さなくても記載が可能なものとした。これは情報量の低下という負の側面も持つが、本研究は正確な日和見感染症の動向を知るという目的に特化し、個別の疾患の詳細調査については割愛した。期限までに回答がない施設には回答依頼を再送して回収率改善に努めた。回収されたデータはこれまでのデータとともにMicrosoft Access 2010をもちいて構成されたデータベースに入力し集計した。データベースは本研究用の専用ソフトウエアとして改善を行い、メニュー画面、入力画面をもち、また必要な集計が容易に行えるようなクエリを構築した。

 本研究は人を対象とする医学系研究に関する倫理指針(平成29年12月22日一部改正)に則り、研究施設では個人情報を収集しないよう特段の配慮を行った。すなわち、調査票にはイニシャルや患者番号など、連結することにより個人を特定できるデータを含まないものとしたうえ、研究計画は長崎大学医歯薬総合研究科倫理審査委員会に諮り承認を得た。アンケートで収集されるデータは個人情報を含まないが、HIV感染症の臨床データであることからデータの取り扱いは慎重を期し、管理された研究室内で、担当研究者のみが取り扱える環境で管理した。

C.研究結果

 全国のHIV診療拠点378病院に調査票を送付し、201病院から回答を得た(回答率53.1%)。総症例数は281例、総エピソード数は395回であり、2012年から減少傾向が続いている。厚生労働症エイズ動向委員会報告によると2022年のAIDS患者数は252件(前年315件)であり、2006年以降、年間400件以上が続いていたが、2018年より減少している。本研究の推定症例補足率は77.6%であった。年別報告数の推移を図1に示した。


図1 日和見合併症報告数の推移(全国HIV拠点病院へのアンケート)

 HIV感染症と初めて診断された時期と日和見合併症発症までの期間を見てみると、HIVと診断されて3ヶ月以内の日和見合併症発症(HIV診断より日和見合併症診断が先の例を含む)が、ARTが一般化した1998年以降大部分を占めている。これらの中には「いきなりエイズ」と言われる患者も含まれると思われる(図2)。(長期未受診の選択肢は2002年以降設定)。


図2 HIV診断から日和見合併症発症までの期間
※ 3ヶ月以内には同時・日和見感染症発症が先を含む

 日和見合併症発症時の抗HIV療法の有無の状況をみてみると、発症時、抗HIV療法を受けていない群がもっとも多かった(87%)(図3)。無治療か治療中断中かを設問で分けたのは2002年からである。


図3 日和見合併症発症時の抗HIV療法の有無

 HIVの診断から日和見合併症発症までの期間と抗HIV療法の継続期間とによる2002年以降の累積クロス集計をみると(図4)、HIV診断後3か月以内と長期未受診例では当然未治療例・治療中断例がほとんどであるが、診断後1年以上経過してから発症した例でも、未治療や治療中断例が56%を占める状況である。なかでも1年を超す群では中断中の割合が多く(28%)見られた。一方、この群ではARTを6ヶ月以上継続されている例は41.0%%であった。これらを2022年に限ってみると(図5)、HIV診断後3か月以内の発症例で明らかに未治療の割合が多かったが、1年以内の群ではその割合は減っていた。6ヶ月以上治療していた場合での発症疾患は累積でサイトメガロウイルス感染症19.4%、ニューモシスチス肺炎12.5%、カンジダ症10.9%、非ホジキンリンパ腫10.5%、非結核性抗酸菌症9.1%、活動性結核7.7%、カポジ肉腫5.8%の順で多く見られた(図6)。


図4 日和見合併症発症時のHIV診断時期と抗HIV療法の有無との関連


図5 日和見合併症発症時のHIV診断時期と抗HIV療法の有無との関連(2021年)


図6 抗HIV療法を6ヶ月以上行っていた群での発症疾患頻度(累積)

 発症する日和見感染症が高度の免疫不全の持続を背景として見られているかどうかの指標として、一人の患者で同一年に複数の日和見合併症を起こしているかを検討した(図7)。 免疫不全状態の持続が疑われる日和見感染症の同一年複数発症患者は、1995年には全患者の38.1%(74/194)を占めていたが、徐々に低下し、近年は20%台で推移し、2022年は30.6% (86/281)であった。


図7 同一年に複数の日和見合併症を発症する患者の割合

 図8にこれまでに累積された日和見感染症の頻度を示した。AIDS指標疾患としてもっとも頻度が高いのはニューモシスチス肺炎で(39.4%)、ついでサイトメガロウイルス感染症(13.3%)、カンジダ症(13.3%)、活動性結核(6.8%)、カポジ肉腫(4.6%)、非ホジキンリンパ腫(4.0%)、非結核性抗酸菌症(3.8%)の順であった。図9には2022年のみの頻度を示した。全体の発症疾患はこの数年と同様に2022年もニューモシスチス肺炎(PCP)が最多(38.2%)で、次にカンジダ症が16.5%、サイトメガロウイルス感染症が11.9%と続き、それ以降はカポジ肉腫(6.6%)、非ホジキンリンパ腫(6.1%)、活動性結核(4.1%)、非結核性抗酸菌症(4.1%)、HIV脳症(3.8%)、活動性結核(3.0%)、原発性脳リンパ腫(2.5%)、進行性多巣性白質脳症(2.3%%)、トキソプラズマ症(1.8%)、HIV消耗性症候群(1.3%)、クリプトコックス症(1.3%)、と順位に変動がみられた。


図8 AIDS指標疾患の頻度1995〜2021年


図9 AIDS指標疾患の頻度2021年

 疾患の頻度の年次推移をみてみると、主要感染症疾患では(図10:症例実数図11:相対頻度)、ニューモシスチス肺炎は2011年をピークに症例実数が減少傾向にあるが、相対頻度は2013年以降2016年まで増加傾向であったが、2017年からは再度低下傾向となり、ここ3年は横ばいであったが2022年に再度低下した。


図10 頻度の高い日和見合併症症例数の推移


図11 頻度の高い日和見合併症の相対頻度の推移

 悪性腫瘍(図12:症例実数図13:相対頻度)では、いずれも増減しつつも、非ホジキンリンパ腫とカポジ肉腫は経年的に減少傾向であったが2022年は増加に転じた。。その他の疾患を図14~図17(図1416:症例実数、図1517:相対頻度)に示した。いずれの合併症も増減しながら横ばいで推移している。


図12 日和見悪性腫瘍症例数の推移


図13 日和見悪性腫瘍の相対頻度の推移


図14 日和見合併症例数の推移(1)


図15 日和見合併症の相対頻度の推移(1)


図16 日和見合併症例数の推移(2)


図17 日和見合併症の相対頻度の推移(2)

 図18に日和見合併症を発症した患者の死亡率を示し、2017年は3.6%と大きく減少がみられた。2019年は4.8%、2020年は9.2%、2021年は4.5%、2022年は5.6%であった。主要4疾患の年次別死亡率の変化を見ると(図19)、いずれの疾患も死亡率が低下していたが、近年ではほぼ横ばいの死亡率の推移となってきている。サイトメガロウイルス感染症の死亡率は、当初は低下しつつも2005年からは横ばいになり、その後2010年以降10%前後で推移し、2016年以降は大きな低下傾向を見せてたが、2019年以降再び増加傾向を認めた。活動性結核は2年は増加傾向にある。症例数は少ないが、その他の感染症においてはクリプトコックス感染症の死亡率が増減しながら低下していたが、2014年以降は20%前後の増減を示し、2019年には30%を超えたが2020年以降は低下している(図20)。図21〜22にその他日和見合併症の死亡率推移を示したが、各年の症例数が少ないためばらつきが大きい。また、疾患別の累積死亡率(図23)では、悪性腫瘍(非ホジキンリンパ腫、原発性脳リンパ腫)と、進行性多巣性白質脳症、HIV脳症やクリプトコックス症など中枢神経関連疾患での死亡率が高いことが特徴的である。感染症ではヒストプラズマ症、化膿性細菌性感染症(13歳以下)、反復性肺炎、クリプトコックス症で死亡率が高い。


図18 日和見合併症によって死亡する割合
AIDS発症患者の死亡率


図19 主要4疾患の死亡率推移


図20 その他感染症の死亡率推移


図21 日和見悪性腫瘍の死亡率推移


図22 その他日和見合併症の死亡率推移


図23 疾患別の累積死亡率

 2010年より日和見合併症診断後、ART導入時期について調査を開始した。感染症疾患では悪性腫瘍や非感染性の脳症と比較すると15〜30日以上たってからARTを導入する傾向にあり、特に活動性結核では2カ月を超えてからの治療開始が半数以上を占めていた。症例数は少ないながら、進行性多巣性白質脳症、脳原発リンパ腫などの中枢性疾患ではART導入が14日以内、30日以内の割合が多く、早い傾向にあった(図24)。これを2010年から継時的に見てみると、主要4感染症(サイトメガロウイルス感染症、ニューモシスチス肺炎、カンジダ血症、活動性結核)のうち、結核を除くと2013年までは年々ART導入時期が早まっている傾向がうかがえたが、2014年以降では15日以上または31日以上たってから導入する割合が増えたのが特徴的であった(図25)。図26~28に2010年から2022年のその他の日和見合併症診断後、ART導入時期の比較を示したが、特徴的な動向は見られなかった。


図24 日和見合併症診断後ART導入時期2010年〜


図25 日和見合併症診断後ART導入時期2010年〜2021年比較(1)


図26 日和見合併症診断後ART導入時期2010年〜2021年比較(2)


図27 日和見合併症診断後ART導入時期2010年〜2021年比較(3)


図28 日和見合併症診断後ART導入時期2010年〜2021年比較(4)

 表1に全合併症におけるART導入時期と転帰との関係について示した。その結果、合併症診断と同時〜14日以内にARTを導入した群で15日以降に導入する群と比較して死亡する割合が有意に高かった(11.57% v.s. 2.72%, p<0.01)。30日を区切りにしても、30日以内にARTを導入する群では31日以降に導入する群より有意に死亡する割合が高かった(5.99% v.s. 2.48%, p<0.01)。疾患別に見てみると、ニューモシスチス肺炎において診断と同時〜14日以内にARTを導入した群で有意に死亡する割合が高かった(7.09% v.s. 1.44%, p<0.01)。30日を区切りにしても、30日以内にARTを導入する群では31日以降に導入する群より有意に死亡する割合が高かった(表2)。サイトメガロウイルス感染症でも同様の傾向であった(15日区切り、12.61% v.s. 5.13%, p<0.01)(表3)。

表1 ART導入時期と転帰の関係(2010年〜)全体(上表)および感染症のみ(下表)

表2 ART導入時期と転帰の関係(2010年〜)【ニューモシスチス肺炎】

表3 ART導入時期と転帰の関係(2010年〜)【サイトメガロウイルス感染症】

D.謝辞

 本研究はHIV診療拠点病院の担当者の方々からのご協力により毎年継続することができている。年々業務が多忙になる中、調査にご協力いただいたことに心より深謝申し上げます。本年度ご協力いただいた施設をPDF付録3に示した。

E.結論

 HIVにみられる日和見合併症の全国拠点病院調査を継続し、その頻度分布や経時変化を解析した。この数年のHIV感染症およびAIDS患者数の新規の発生頻度は世界的に見るとゆるやかながら減少傾向に転じているが、わが国では増加し続けていた中で、やや減少傾向とも見える状況である。初発疾患としてのニューモシスチス肺炎の重要性やARTの早期導入が必ずしも予後を改善させるとは限らない可能性があることを明らかにした。