アンケート結果
免疫再構築症候群(IRIS)の発症率に関する調査

研究分担者:古西 満 (奈良県立医科大学健康管理センター)
研究協力者:伊藤 利洋(奈良県立医科大学免疫学)

A 研究目的… わが国におけるIRISの現状を把握し、解決すべき課題を見出す
B 研究方法… HIV診療経験が豊富な医療機関14施設に調査票を送付、2007年1月から2011年12月までの5年間の対象症例数、IRISを発症した症例数、発症疾患の内訳について調査し、1997年から2003年の7年間のART実施症例を対象とした前回調査と比較した。
C 研究結果… アンケート送付施設:HIV診療経験が豊富な医療機関14施設
回答施設:12施設(85.7%)
全体では、対象症例3,216名中でIRISを発症した症例が246名であり、IRIS発症率は7.6%であった。
前回調査では、対象症例2,018名中176名でIRISを発症し、発症率は8.7%であり、今回の調査ではIRIS発症率が若干低下していた。
発症疾患は帯状疱疹、サイトメガロウイルス感染症、ニューモシスチス肺炎、結核症、非結核性抗酸菌症が多かった。

研究要旨

 2007年から2011年に抗HIV治療(ART)を実施した症例での免疫再構築症候群(IRIS)の発症率、発症疾患について12施設の多施設共同後向き調査を実施した。1997年から2003年にARTを実施した症例で過去に同様の調査を本研究班(安岡班)で行っているので、その結果とも比較した。

 2007~2011年のIRIS発症率は245名/3193名(7.6%)で、1997~2003年調査に比べてわずかに減少していた。2回の調査とも回答している8施設では、施設毎のIRIS発症率は5施設で低下し、3施設では上昇していた。IRISとして発症した疾患は、帯状疱疹、サイトメガロウイルス感染症、ニューモシスチス肺炎、結核症、非結核性抗酸菌症の順に多かった。1997~2003年調査に比べ、帯状疱疹、非結核性抗酸菌症は減少、ニューモシスチス肺炎、結核症、B型肝炎、クリプトコックス症は増加傾向を示していた。

研究目的

 抗HIV治療(antiretroviral therapy:ART)後に発症する免疫再構築症候群(immune reconstitution inflammatory syndrome:IRIS)は時に重篤化、難治化の経過をとることがあり、ART導入後に注意すべき病態の一つである。わが国でのIRIS発症率に関する報告は少なく、本研究班の前身である厚生労働科学研究費エイズ対策研究事業「HAART時代の日和見合併症に関する研究」班(研究代表者:安岡 彰)による調査1)以降まとまったものはない。HIV/AIDS診療は、免疫不全時の日和見感染症に対する予防治療法の確立、ART導入の早期化、日和見感染症治療後の早期ART開始の推奨などいろいろと変わってきている。それらの変化が、IRIS発症率や発症疾患などに影響しているのかは興味深いところである。

 そこで、2007年から2011年の5年間におけるIRIS発症率と発症疾患について多施設共同後向き調査を実施するとともに、前述した安岡班で実施した調査結果(1997年から2003年の7年間のART実施症例を対象)と比較する。これらから、わが国におけるIRISの現状を把握し、解決すべき課題を見出すための一助とする。

研究方法

表1: ShelburneらによるIRISの診断基準(2006)

研究結果

 調査票を送付した14施設中12施設(85.7%)から回答を得た。

1)IRIS発症率

全体では、対象症例3,216名中でIRISを発症した症例が246名であり、IRIS発症率は7.6%であった。施設別のIRIS発症率は、0%から21.3%と差を認めた(図1)。


図1: 施設ごとおよび平均のIRIS発症率

 安岡班の調査では、対象症例2,018名中176名でIRISを発症し、発症率は8.7%であったので、今回の調査ではIRIS発症率が若干低下していた。安岡班の調査と今回の調査いずれにも回答している医療機関は8施設あり、各施設のIRIS発症率は5施設で低下し、3施設で上昇していた(図2)。


図2: 同一施設でのIRIS発症率の変化

2)IRISの発症疾患

IRISとして発症した疾患は、帯状疱疹が最も多く、サイトメガロウイルス感染症、ニューモシスチス肺炎、結核症、非結核性抗酸菌症などが発症頻度の高いものであった(図3)。


図3: IRISとして発症した疾患の内訳

 

 安岡班の調査と今回の調査でIRISとして発症した疾患比率について比較すると、帯状疱疹、非結核性抗酸菌症、単純ヘルペスは減少し、ニューモシスチス肺炎、結核症、B型肝炎、クリプトコックス症は増加傾向であった(図4)。


図4: IRISとして発症した疾患比率の変化

海外でのIRIS発症率に関する報告(表2)

表2: 海外でのIRIS発症率に関する報告の概要

 Achenbachら3)の報告はアメリカで実施された後向き調査である。AIDS指標疾患を治療・改善後にARTを開始してIRIS(paradoxical IRIS)を発症した症例についてまとめている。260の日和見疾患を診断された196名におけるIRIS発症率は11%で、疾患別のIRIS発症率はカポジ肉腫が29%、結核症が16%、クリプトコックス症が14%などである。

 Novakら4)の報告もアメリカで実施されたものである。1996年から2007年に初回ARTを開始して有効であった症例2,610名を対象とした前向き調査で、unmasking IRISの発症率は10.6%である。発症疾患はカンジダ症、サイトメガロウイルス感染症、播種性Mycobacterium avium complex感染症、ニューモシスチス肺炎、帯状疱疹、カポジ肉腫などである。

 Hoyo-Ulloaら5)の報告は、メキシコで実施された後向き調査である。調査対象390名中107名(27%)にIRISを発症している。帯状疱疹がIRISの32%で最も多く、以下、結核症が11%、Mycobacterium avium complex感染症が9%、ニューモシスチス肺炎が6%、クリプトコックス症が5%などである。

 Kumarら6)は、インドで初回ARTを導入したHIV感染者97名を対象とした前向き研究を行っている。34名(35%)にIRISを発症し、結核症の発病歴がある者の方ない者よりも有意に多くIRISを発症すると指摘している。

 Letangら7)は、モザンビークにおける初回ART患者でのIRIS発症率に関する前向き調査を報告している。136名中36名(26.5%)でIRISを発症している。25名(69.4%)がunmasking IRIS、10名(27.8%)がparadoxical IRISで、発症疾患はカポジ肉腫が8名、結核症が6名、カポジ肉腫・結核症の両疾患が2名などである。

 Haddowら8)の報告は南アフリカで実施した前向き研究である。初回ART導入例498名の対象中114名(22.9%)にIRISを発症している。paradoxical IRISが36%、unmasking IRISが64%である。日和見感染症では結核症がIRISの24.5%と最も一般的で、15名がparadoxical IRIS、19名がunmasking IRISとして発症している。

結論

 今回の調査でのIRIS発症率は7.6%であり、前回の調査に比べて若干低下傾向にある。海外のIRIS発症率と比較しても低率である。IRISの発症疾患は帯状疱疹が最も多く、ニューモシスチス肺炎、結核症、B型肝炎、クリプトコックス症は以前よりも増加傾向にある。

謝辞

 今回の調査にご協力いただいた施設(表3)の諸先生方に深謝申し上げます。

表3: 調査協力施設

文献

  1. 古西 満,他:免疫再構築症候群の発症状況調査.厚生労働科学研究費補助金エイズ対策研究事業「HAART時代の日和見合併症に関する研究」平成15年度総括・分担研究報告書.82-87,2004.
  2. Shelburne SA, et al: Immune reconstitution inflammatory syndrome: more answers, more questions. J Antimicrob Chemother. 57: 167-170, 2006.
  3. Achenbach CJ, et al: Paradoxical immune reconstitution inflammatory syndrome in HIV-infected patients treated with combination antiretroviral therapy after AIDS-defining opportunistic infection. Clin Infect Dis. 54: 424-433, 2012.
  4. Novak RM, et al; HIV Outpatient Study (HOPS) Investigators: Immune reconstitution inflammatory syndrome: incidence and implications for mortality. AIDS. 26: 721-730, 2012.
  5. Hoyo-Ulloa I, et al: Impact of the immune reconstitution inflammatory syndrome (IRIS) on mortality and morbidity in HIV-infected patients in Mexico. Int J Infect Dis. 15: e408-e4014, 2011.
  6. Kumar SR, et al: Immune reconstitution inflammatory syndrome in HIV-infected patients with and without prior tuberculosis. Int J STD AIDS. 23: 419-423, 2012.
  7. Letang E, et al: Incidence and predictors of immune reconstitution inflammatory syndrome in a rural area of Mozambique. PLoS One. 6: e16946, 2011.
  8. Haddow LJ, et al: Incidence, clinical spectrum, risk factors and impact of HIV-associated immune reconstitution inflammatory syndrome in South Africa. PLoS One. 7: e40623, 2012.