カポジ肉腫関連疾患の発症機構の解明と予防および治療法に関する研究
カポジ肉腫関連炎症性サイトカイン症候群
(Kaposi sarcoma inflammatory
cytokine syndrome (KICS))

はじめに

 HIV患者におけるヒトヘルペスウイルス8型(human herpesvirus-8,HHV-8)関連疾患としては,カポジ肉腫やHHV-8関連多中心性キャッスルマン病(MCD)が知られている.一方,近年になって疾患概念が確立しつつあるカポジ肉腫関連炎症性サイトカイン症候群(Kaposi sarcoma inflammatory cytokine syndrome(KICS))の知名度は低い.この疾患は重症度や緊急性が高く,迅速な診断・治療が必要ではあるが,疾患概念が広く浸透していないことから,診断されないまま不幸な転帰を辿る症例が隠れている可能性がある.以下,当科で経験したKICSの症例を提示する.

症例

30代 男性 東南アジア出身
約2か月続く発熱,全身倦怠感,咽頭痛などを訴えて当院を受診した.咳嗽や動悸,労作時呼吸困難の訴えもあった.初診時に口腔咽頭カンジダを認めたことを契機にHIV感染症が判明した.CD4数は6 /µLであり,著明な貧血と血小板減少,低アルブミン血症などを認めた.診察所見を表1に,血液検査所見を表2に示す.軟口蓋および左季肋部に暗視赤色の扁平隆起性病変を認め,下部消化管内視鏡でも結腸と直腸に赤色調の小隆起性病変を認めた.これらの病変は病理検査でカポジ肉腫と確定し,血中HHV-8 DNA量も5万コピー/mL検出された.CTでは軽度の肝脾腫と軽度の鼡径部リンパ節腫脹を認めたが,頚部や腋窩,腹腔内などのリンパ節腫脹は認めなかった.鼡径部リンパ節生検の結果はカポジ肉腫を疑う所見のみであり,多中心性キャッスルマン症候群(MCD)を示唆する病理所見は認めなかった.
上記の経過や所見からカポジ肉腫関連炎症性サイトカイン症候群と診断し,リポソーマルドキソルビシン(PL-D)20mg/m2 + リツキシマブ(RIT)375mg/m2 による治療を開始した.同時に第8病日からART(FTC 200mg/TAF 25mg + DTG 50mg)を開始した.入院中の経過表を図1に示す.治療開始後も約1か月間は臨床症状や所見が改善しなかったが,PL-D,RITの2コース目の投与を終えたころから急激に発熱や炎症反応が改善し,それにともなって全身状態やCD4数は速やかに改善した.血中HHV-8 DNA量は第24病日に経過中で最大となる20万コピー/mLを示したが,第36病日に600コピー/mL,第50病日に200コピー/mL未満まで減少した.
 第30病日にCTで両側肺野のスリガラス影が出現したが,唾液PCR検査ではPneumocystis jirovecii は陰性であり,喀痰からAspergillus fumigatus が検出された.ボリコナゾールを開始したところ,肺野のスリガラス影が改善したことから,Aspergillus fumigatus に対する免疫再構築症候群(IRIS)の可能性が高いと判断した.それ以外にIRISを疑う所見なく経過した.患者は第53病日に退院した.退院後約2か月の時点で両側足底にカポジ肉腫が出現・増悪したため,PL-Dを単回投与したが,退院後約6か月間でKICSは再発しなかった.


 

表1:身体所見


General appearance:かなりぐったりしている印象
体温40.7 ℃,血圧99/56 mmHg,脈拍 131 /分,呼吸数 24 回/分,SpO2 98%(室内気)

頭頚部:眼球結膜黄染なし,眼瞼結膜貧血あり,頚部リンパ節腫脹なし
舌や頬粘膜,軟口蓋,咽頭粘膜に白苔付着あり.軟口蓋に暗視赤色の扁平隆起性病変あり
胸部:両側肺野は清,心雑音なし
腹部:圧痛なし,肝臓・脾臓は触知せず,左季肋部に暗視赤色の扁平隆起性病変あり
背部:脊柱叩打痛なし,CVA叩打痛なし
四肢:両側鼠径部にわずかにリンパ節腫大あり.両側下腿浮腫あり.

 

表2:検査所見

白血球 5240 /µL クレアチニン 1.01 mg/dL
ヘモグロビン 6.6 g/dL ナトリウム 130 mEq/L
血小板 5.1万 /µL CRP 5.85 mg/dL
アルブミン 1.9 g/dL CD4数 6 /µL
AST 74 U/L HIV-RNA量 73.4万 コピー/mL
ALT 143 U/L HHV-8 DNA量 5万 コピー/mL

図1 経過表
矢印:PL-D 20mg/m2,矢頭:RIT 375mg/m2

考察

HIV患者におけるHHV-8関連疾患としてカポジ肉腫やMCDが知られているが,Uldrickらは,HHV-8関連MCDに似た臨床症状や検査所見を示すものの,MCDに特徴的なリンパ節腫脹あるいはリンパ節の病理所見を欠く疾患を報告している [1].この疾患概念は後にPolizzottoらによってカポジ肉腫関連炎症性症候群(KICS)として報告され,下記の通り(表3)診断基準が示されている [2].

表3:KICSの診断基準

1. 臨床所見
a. 症状 b. 検査所見
 発熱  貧血
 全身倦怠感  血小板減少
 浮腫  低アルブミン血症
 悪液質(Cachexia)  低Na血症
 呼吸器症状(Respiratory symptoms) c. 画像所見
 消化器症状(Gastrointestinal disturbance)  リンパ節腫大
 関節痛,筋肉痛  脾腫
 意識障害  肝腫大
 末梢神経障害(疼痛の有無は問わない)  腹水,胸水
2. 全身性炎症所見あり
 CRP上昇(> 0.3 mg/dL)
3. KSHV活性化所見あり
 血漿KSHVウイルス上昇(≧1000コピー/mL),または末梢血単核球増加(≧100コピー/106細胞)
4. KSHV-MCDの所見がない
 リンパ節腫脹がある場合,病理学的にMCD所見がないことを確認する
1-a,b,c のうち,少なくとも2つのカテゴリーを含めて,1. 臨床所見から少なくとも2つの症状・所見を認め,かつ2,3,4 のすべてを満たす症例をKICSと定義する.

文献[2]より

 今回提示した症例は初診時にHIV未診断・未治療の状態でKICSが判明した症例だが,Polizzottoらの報告(n=10)[2]によると,80%の患者はKICSの診断時点でARTが導入されており,50%の患者ではHIVのウイルス量がコントロールされていた.KICSの患者ではMCDと比較してCD4数が比較的低下しているといわれているが,過去のKICSの報告ではCD4の中央値は255/µL [1],88/µL [2]と,必ずしもすべての症例でCD4が低下しているわけではないことがわかる.
Polizzottoらの報告(n=10)[2]では,すべての症例で生検によりカポジ肉腫が証明されていた.臨床症状でもっとも多かったのは全身倦怠感(100%)で,次いで食思不振や嘔気,下痢などの消化器症状(90%),呼吸困難感や咳嗽などの呼吸器症状(60%),全身の浮腫(=anasarca, 40%),胸水・腹水(50%)と続く.症状や所見は通常8個程度認めるといわれており,その重症度も高い.一般的には全身状態も非常に悪く,50%の症例ではICU入室が必要になると報告されている.

KICSの予後は不良であり,過去の報告では死亡率は50%を超えている(n=16)[1, 2].KICSに対する標準療法は確立されていないが,HHV-8関連MCDと同様にリポソーマルドキソルビシンとリツキシマブの併用療法が有効である可能性が示されている[3-5].CD4低値かつカポジ肉腫を有している患者では,リツキシマブの使用に伴うカポジ肉腫の増悪や,過剰な免疫抑制による日和見感染症が懸念されるが,本症例ではリポソーマルドキソルビシンをリツキシマブに先行して投与し,ARTも早期(第8病日)に導入したことで,それらの有害事象をコントロールすることができたと考えている.

まとめ

カポジ肉腫があり,全身状態や検査所見からはHHV-8関連MCDが疑わしいHIV患者で,しかしMCDに特徴的なリンパ節腫脹を認めない,あるいはリンパ節生検を実施してもMCDに特徴的な病理所見を認めない場合は,KICSを考えるべきである.その認知度の低さから,診断にたどり着かずに不幸な転帰を辿る患者が少なからず存在する可能性がある.今後,有効な治療法を確立するためにも,症例の集積が望まれる疾患である.なお,今回提示した症例は[6]に詳しい.

参考文献

  1. Uldrick TS, Wang V, O’Mahony D, Aleman K, Wyvill KM, Marshall V, et al. An interleukin-6–related systemic inflammatory syndrome in patients co-infected with Kaposi sarcoma–associated herpesvirus and HIV but without multicentric Castleman disease. Clin Infect Dis 2010; 51:350–358.
  2. Polizzotto MN, Uldrick TS, Wyvill KM, Aleman K, Marshall V, Wang V, et al. Clinical features and outcomes of patients with symptomatic Kaposi sarcoma herpesvirus (KSHV)-associated inflammation: prospective characterization of KSHV inflammatory cytokine syndrome (KICS). Clin Infect Dis 2016; 62:730–738.
  3. Polizzotto MN, Uldrick TS, Hu D, Yarchoan R. Clinical manifestations of Kaposi sarcoma herpesvirus lytic activation: multicentric Castleman disease (KSHV-MCD) and the KSHV inflammatory cytokine syndrome. Front Microbiol 2012; 3:73.
  4. Uldrick TS, Polizzotto MN, Aleman K, Wyvill KM, Marshall V, Whitby D, et al. Rituximab plus liposomal doxorubicin in HIV-infected patients with KSHV-associated multicentric Castleman disease. Blood 2014; 124: 3544–3552.
  5. Cantos VD, Kalapila AG, Nguyen ML, Adamski M, Gunthel CJ. Experience with Kaposi sarcoma herpesvirus inflammatory cytokine syndrome in a large urban HIV clinic in the United States: case series and literature review. Open Forum Infect Dis 2017; 4:ofx196.
  6. Suzuki T, Uemura H, Yanagawa Y, Mizushima D, Aoki T, Watanabe K, et al. Successful treatment for Kaposi sarcoma inflammatory cytokine syndrome in a severe CD4+ lymphocytopenic HIV patient. AIDS. 2019; 33:1801-1802.