ごあいさつ
HIV感染症の生命予後は、次々と登場した新規抗HIV薬等(ART)の進歩により、1997年以降、劇的に改善し、現在ではコントロール可能な慢性疾患に位置づけられるに至っている。日本は世界の他国と比較すると感染者累計数が比較的少なく、かつ最近の数年間は新規報告数が減少傾向にあった事もあり、社会における本疾患への関心も小さくなってきており、その脅威がそれに比例して次第に過小評価されてきているように感じている。
しかしながら、現在でもAIDSを発症してからHIV感染が判明する「診断の遅れ」は、依然として3割前後で推移しており全く変化が見られておらず、早期診断という観点では進歩が全く見られていない。早期診断により感染源となるHIV感染者の全員治療を実現しない限り、社会から新規HIV感染症例を激減させる事は不可能であり、長期的には、増加する累積HIV感染者への抗HIV薬治療が医療費を圧迫する事が予想される。加えて逆説的ではあるが、国際的に見た日本のHIV感染者数の少なさは、臨床医のHIV診療経験不足や専門医不足と表裏一体の関係にあり、今後も進歩し続けるHIV診療に関して医療機関の診療能力を高め、かつ今後も維持していくという点では、国際的に不利な条件にあるとも言える。上記の問題点を克服するためには、日本全国のHIV診療経験および知見を集約して、全国のHIV診療医師でこれらを共有して学ぶ事が必要不可欠であると思われる。本研究班の活動の目的はその機能の一端を担うべき役割を果たす事であると考えている。
本研究班では、日本のHIV感染者における日和見合併症および非エイズ指標悪性腫瘍の疫学調査を1995年より開始しており、今日まで25年間に及ぶ疫学データを蓄積してきた。アンケート調査による形式ではあるが、症例の推定把握率は毎年80%超と推定されており、日本の現状を正確に反映した世界的にも類を見ない貴重なデータである。本調査の強みは、診断後十分な時間が経過している症例を調査対象としているため、1) 日和見合併症の診断がより正確であると予想されること、2) 治療後の予後が判明している事、3) 発症後短期間のうちに新規発症した重複日和見合併症も把握できること、4) HIV感染の診断後、長期間が経過した後に発症した日和見合併症も捕捉対象となっていること、である。本調査により日和見合併症の死亡率が経時的に減少している事も確認できており、日本のHIV診療能力の向上を示す貴重なデータにもなっている。2017年より研究班に集積された貴重な疫学データを、広く全国の医療機関へ情報提供することを目的として、本ホームページの公開を開始した。現在、日本のHIV感染者においてどのような日和見合併症が見られているのか、抗HIV治療導入後の日和見合併症発症はどの程度あり、それがどの時期に発症しているのか、発症後の予後は改善しているのか、などのいくつかの臨床的な疑問の答えを集計データの中に見いだせるものと思う。近年増加傾向となってきている非エイズ指標疾患悪性腫瘍についても、どのような悪性腫瘍が発生しているかのみならず、非HIV感染者と発生動向の違いがあるのか?、感染経路別、年齢別、抗HIV治療期間との関連は?、という観点から解析を行い、多くの図表を作成した。
2017年のホームページ公開以降は、疫学データに加えて、ART時代でも依然として問題であり続けている免疫再構築症候群(IRIS)とHHV-8関連疾患についても、臨床現場で役立てて頂けるようコンテンツを追加してきた。今後もHIV診療の全国均てん化を目指した内容の充実をはかっていきたいと考えている。是非、内容をご覧頂き、忌憚ないご意見を頂ければ幸いである。
令和5年3月31日
日本医療研究開発機構エイズ対策実用化研究事業
「ART早期化と長期化に伴う日和見感染症への対処に関する研究」班
研究代表者 照屋勝治