カポジ肉腫関連疾患の発症機構の解明と予防および治療法に関する研究
【仮想症例2】
20歳代、男性
近医にて、梅毒の発症をきっかけにHIV感染症と診断された。HIV診療の依頼目的で紹介状が作成されたが、本人はそのまま病院を受診することができなかった。その約1年後に、上腕に暗紫色の小結節病変が出現。その後、下肢にも同様な病変が散在するようになったため、1年以上前の紹介状を持参して当院を受診した。
外来初診時の採血では、CD4数40/μl、HIV-RNA90000copies/mlであったため、合併症の精査のために入院となった。入院時の身体所見では、カポジ肉腫の皮膚病変が、上腕と下肢に数個ずつ散在する程度であった。口腔内の診察では、口蓋部にカポジ肉腫を疑う発赤病変を認めた。また咽頭後壁に軽度の発赤を認めたが、咽頭部の違和感などの症状はなかった。また胸部写真でも特に異常所見は認めなかった。
前腕部のカポジ肉腫
足底部のカポジ肉腫
【症例2の経過】
カポジ肉腫は、軽症の皮膚病変と口腔内病変だけであったことから、抗HIV療法(ART)を開始して外来で経過観察することになった。退院1ヶ月後に咽頭部違和感がしたため耳鼻科外来を受診した。喉頭鏡にてごく軽度の発赤を認めたが、皮膚病変の悪化はみられず、そのままARTの継続で経過をみていた。しかし、徐々に呼吸困難感を自覚するようになり、皮膚病変も悪化傾向となったため再入院となった。入院時の耳鼻科診察では、喉頭蓋の発赤腫脹をみとめた。また、入院時のCD4数120/μl、HIV-RNA800copies/mlであった。
喉頭蓋の所見より、カポジ肉腫の病変の免疫再構築症候群(IRIS)による悪化と判断して、リポゾーマルドキソルビシン(PLD)による化学療法を開始した。喉頭浮腫は認めたが、ステロイドの投与は行わなかった。当初は気管切開も検討されたが、化学療法の開始後には呼吸困難感も消失。喉頭所見も著明に改善したため、PLDの3コース投与後に退院となった。
腫脹した喉頭蓋
化学療法2コース後
【症例の解説】
1.カポジ肉腫と喉頭蓋病変
喉頭部のカポジ肉腫では、悪化によって浮腫をともない、気道狭窄を起こすことで致命的となる危険性がある。皮膚や口腔内に中等症〜重症のカポジ肉腫をみとめ、咽頭部違和感、咳嗽、嗄声、呼吸困難感などの症状もある場合には、喉頭部の病変が存在している可能性も考慮すべきである。
2.カポジ肉腫による免疫再構築症候群(IRIS)
抗HIV療法(ART)は、カポジ肉腫に対する治療のひとつとしての役割を担っている一方で、免疫再構築症候群(immune reconstitution inflammatory syndrome:IRIS)としてカポジ肉腫を増悪させることもある。ARTの開始後に病変が悪化した場合、単にARTに関わらず悪化しているだけなのか、あるいはIRISによる増悪なのか、判断が難しい場合も多い。そのため、IRISの発生率についても6〜15%と報告により差がある。また、カポジ肉腫におけるIRISは、一般的にはART開始3か月以内に発生することが多いが、1年以上経過して増悪する例もあるため、長期的な観察が必要となる。
カポジ肉腫のIRISが起こった場合にも、基本的にはARTを継続する。そして、増悪の程度によっては、化学療法を追加も検討することとなる。
3.カポジ肉腫とステロイド
結核や非結核性抗酸菌症などによるIRISに対しては、過剰な免疫応答を抑えるためにステロイドの投与が行われることがある。しかし、カポジ肉腫においては、ステロイド投与後に増悪した例が報告されているため、IRISに対しての積極的なステロイド投与は推奨されていない。
ただし、これらの過去の報告では、肺・気道病変など、原病の増悪との鑑別がきわめて難しい重症例も多くみられる。また、カポジ肉腫とニューモシスチス肺炎(PCP)の合併例においては、PCP治療目的にステロイドが投与されている例も多いが、カポジ肉腫が増悪しない例も多く経験される。したがって、必ずしも全てのカポジ肉腫の合併症例で、ステロイド投与を避けるべきであるかについては議論の残るところでもある。
4.学療法の適応
軽症のカポジ肉腫の多くは、ART開始のみで経過観察することも可能である。しかし、ARTのみで進行が抑えられない場合には、リポゾーマルドキソルビシン(PLD)による化学療法の開始を考慮する。また、全身に急速に拡がる例、浮腫や疼痛の強い例、肺病変合併例、喉頭部の病変、そして広範囲な内臓病変合併例などについては、初期から化学療法を開始することも検討しなければならない。さらに本例のような、ART開始によってIRISを起こしてしまった場合にも、その発症部位や重症度によっては化学療法の追加を考慮する必要がある。
カポジ肉腫における治療方針の概要