カポジ肉腫関連疾患の発症機構の解明と予防および治療法に関する研究
【仮想症例3】
50歳代、男性
約半年前から両下肢に黒褐色隆起病変が散在して出現。その後、顔面や体幹にも病変が広がってきた。下肢の病変については集簇するようになり、次第に両下腿に浮腫も伴ってきた。1ヶ月前からは嚥下時の心窩部痛と食欲低下が出現し、体重も1ヶ月間で6kg減少した。アパートの部屋で寝たきり状態となっているところを知人が発見し、救急車にて搬送となった。
入院時には、下腿部にカポジ肉腫を疑う皮膚病変が集簇しており、中程度の浮腫を伴っていた。採血の結果では、CD4数10/μl、HIV-RNA170000copies/mlであった。
頬部のカポジ肉腫
浮腫を伴う足部のカポジ肉腫
【症例3の経過】
入院後の検査にて、食道・胃・大腸に多発性の潰瘍を指摘され、嚥下時の心窩部痛と食欲低下の原因と考えられた。また、大腸にはカポジ肉腫を疑う発赤隆起病変も認めた。潰瘍部の生検による病理組織によってサイトメガロウイルス(CMV)感染症と診断されたため、ガンシクロビルによる治療を開始した。10日目に白血球と血小板の減少が進行したため、副作用を疑ってガンシクロビルをホスカルネットへと変更した。また、同日より抗HIV療法(ART)も開始となった。
3週間の治療でサイトメガロウイルスによる潰瘍は著明に改善したが、徐々にカポジ肉腫による下腿の浮腫が進行。骨髄の回復を確認して、リポゾーマルドキソルビシン(PLD)による化学療法を開始した。PLD を計3コース終了した時点で、消化管のカポジ肉腫も改善傾向となっていたため、その後は外来でPLDを継続することになった。
退院後、外来にてPLDを継続し、計10コース実施した。当初はPLDの投与によって下腿浮腫も軽減して、皮膚のカポジ肉腫も改善傾向となったと思われた。また、ARTの投与によってCD4数250/μlまで上昇していた。しかし、次第に化学療法の投与間に下腿浮腫が増悪するようになり、浮腫に伴う歩行障害も出現してきた。このため、PLDでのコントロールは困難と判断し、入院にて化学療法をパクリタキセル(paclitaxel:PTX)へと変更した。PTXは3週間毎に実施し、臨床症状は徐々に改善した。その後は外来にて計8コースの投与にてカポジ肉腫は軽快した。
【症例の解説】
1.他の日和見感染症の合併例
CD4数が高度に低下した例では、カポジ肉腫のみでなく、ニューモシスチス肺炎やサイトメガロウイルス感染症など、他の様々な日和見感染症を併発していることも多くなる。カポジ肉腫のみであればARTを早期に開始することが望ましいが、合併疾患の重症度や治療経過、治療薬による副作用、そして免疫再構築症候群(IRIS)の可能性なども考えながら、慎重にART開始の時期や化学療法の必要性について決めていく必要がある。
2.化学療法の投与回数
PLDによる化学療法をいつまで継続するかについては、現時点において明確な基準はない。化学療法にともなう骨髄抑制は、その後の長期的な免疫回復にも悪影響を残してしまう可能性があり、他の日和見感染症を発症する危険性を高めてしまう。また、他の悪性腫瘍と異なり、カポジ肉腫ではARTによる治療効果も期待することができる。このようなことから、カポジ肉腫の病勢がある程度コントロールされたならば、その後はARTによる改善を期待して、化学療法の早期終了を検討するという意見もある。
3.PLD無効の難治例に対する化学療法
化学療法としては、リポゾーマルドキソルビシン(PLD)が第一選択となっている。しかし、PLDの無効例や、再燃を繰り返す例もあり、そのようなケースでは化学療法の変更も考慮する。PLDが無効の難治例に対しての第二選択としては、パクリタキセル(paclitaxel:PTX)による化学療法が行われることが多い。本症例においても、PLDの投与を継続しても、下腿の浮腫を伴う病変の再燃を繰り返したことから、化学療法をPTXに変更となっている。PLDとPTXにおける奏効率に大きな違いはないが、作用機序が異なるため効果が得られる可能性がある。
化学療法の終了・変更についての考え方